2015年8月14日金曜日

薬剤成分の略称表示の商標権侵害の成否[PITAVA(ピタバ)事件] (その3)

 いわゆる「ピタバ事件」の知財高裁の判決(知財高裁判 H27・7・23 H26(ネ)10138号)がでました。3件目の高裁判決と思います。
原告(控訴人)は、薬について商標「PITAVA」の商標権者であり、ピタバスタチンカルシウムを有効成分とするコレステロール低下薬の後発医薬品メーカーです。競合会社が錠剤やシートに「ピタバ」を付した薬を販売したので、複数のメーカーや販売者に対して商標権侵害で訴えたもののなかの1つの高裁判決です。

 原審は、東京地裁平成26年(ワ)第772号です。原審では、
 『被告各商品のPTPシートに付された「ピタバ」という被告各標章は,医薬品の販売名等の類似性に起因する調剤間違いや患者の誤飲等の医療事故を防止する目的で被告各商品の有効成分がピタバスタチンカルシウムであることの注意を喚起するためにその略称をPTPシートに表記されたものであると認められ,被告各商品のような医療用医薬品の主たる取引者,需用者である医師や薬剤師等の医療関係者及び患者が被告各商品のPTPシートに接したときにも,その耳部分に表示された「トーワ」ないし被告の社名である「東和薬品」の文字やロゴマークと相まって,そのような表記として認識されると認めるのが相当である。
 したがって,被告各商品のPTPシートに付された被告各標章は,商標としての自他商品識別機能若しくは出所表示機能を果たす態様で使用されているということはできず,本件商標の「使用」に該当すると認めることはできない。』
と判旨し、原告の請求を棄却しました。
 そこで、原告(控訴人)は、本件登録商標を、指定商品を
 (1) 「薬剤但し,ピタバスタチンカルシウムを含有する薬剤を除く」とするものと、
 (2) 「ピタバスタチンカルシウムを含有する薬剤」と、
に分割して、(2)に基づいて控訴したものです。


判旨:

 『被控訴人が被控訴人各商品の包装に被控訴人標章1~5又は被控訴人標章6~10を付して被控訴人各商品を販売したことは,商標的使用ではなく,いずれにせよ,被控訴人の行為は,本件商標権を使用する権利(商標法25条)の侵害行為(同法36条1項)又は侵害とみなされる行為(同法37条)には該当しない。』

 『被控訴人各商品において『ピタバ』の文字部分が強調されているのは,有効成分の語の特徴的部分を強調することによって,他種の薬剤との混同を可及的に防止するという意義を有するにすぎず,被控訴人各商品の販売名の一部であることを超えて,独立の標章ととらえられるものではない。そして,医師等又は薬剤師などの医療関係者にとって,『ピタバスタチン』又は『ピタバスタチンカルシウム』,あるいはこれを略記した『ピタバ』は,いずれも,出所識別機能又は自他商品識別機能を有しておらず(・・・),また,患者にとっても,『ピタバスタチン』又は『ピタバスタチンカルシウム』,あるいはこれを略記した『ピタバ』は,いずれも,出所識別機能又は自他商品識別機能を有しておらず,結局,被控訴人各商品において出所識別機能又は自他商品識別機能を果たし得るのは,被控訴人各商品のPTPシートの耳部分に表示された『トーワ』又は『東和薬品』の文字やロゴマークであると認められる。被控訴人標章1~10が,患者との関係において,有効成分と理解されているのか,あるいは,販売名と理解されているかはさておいて,これらの標章は,他種の薬剤との混同を防止するという識別のために用いられているのであり(患者にとってみれば,その表示の意義を知らないでも,自分が飲むべき薬か否かの区別がつけば十分である。),他社の同種薬剤との混同の防止,すなわち,出所識別又は自他商品識別のために用いられているのではなく,かつ,そのような機能も果たし得ない。
 したがって,被控訴人標章1~10が,本件商標の使用に該当すると認めることはできない。

 控訴人の『ピタバ』の文字部分に独立した出所表示機能又は自他商品識別機能がある旨の主張に対しては、『本件商標のように,指定商品の需要者に患者のような一般消費者が含まれる場合に,品質,原材料等の出所識別機能又は自他商品識別機能のない表示と認識され得る標章を,特定の取引業者に独占させることは,当該表示,そして,ひいては当該表示が指し示す原材料等そのものを事実上特定の者に独占させることになるから相当とはいえず,商標法のおよそ予定するところではない。そして,上記(2)に認定のとおり,本件商標の指定商品を取り扱う医師等や薬剤師等は,『ピタバ』を,その成分であるピタバスタチンカルシウムの略記として認識できるのである。』として、控訴人の主張を採用しなかった。


検討:

 本判決に賛成です。
 被控訴人商品は,PTPシートを包装とする薬剤であり,そのPTPシート包装の各個別の錠剤収容部分(表裏)に「ピタバ」と「スタチンCa」を横書きに上下二段に配して成ります(被控訴人標章)。このような被控訴人標章と本件商標が類似する関係にあり,被控訴人各商品が本件商標権の指定商品と同一であるので,形式的には被控訴人各商品の製造販売は本件分割商標権の侵害(商標法25条,37条1号)に該当します。
 しかしながら、被控訴人商品が病院,診療所,薬局等の医療従事者へ販売される場合には,箱に梱包されたままの状態で販売されますから,医療従事者が錠剤に付された「ピタバ」の表示を認識して購入することはありませんので、被控訴人各商品が病院,診療所,薬局等の医療従事者へ販売される場合に,錠剤に付された「ピタバ」の表示が商標的に使用されていないといえます。
 患者が被控訴人各商品のPTPシートに付された「ピタバ」の表示を認識すのは,服用の場面のみならず薬を購入する(薬局で薬剤師から薬を渡される)場面もあると考えられますが,その場面における出所表示はPTPシートの耳部分に表示された「トーワ」ないし被控訴人の社名である「東和薬品」の文字やロゴマークです。
 そうすると、被控訴人各標章は,「需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができる態様により使用されていない商標」(商標法26条1項6号)に該当すると考えます。