2015年9月11日金曜日

薬剤成分の略称表示の商標権侵害の成否[PITAVA(ピタバ)事件] (その5)

 いわゆる「ピタバ事件」の知財高裁の判決(知財高裁判 H27・9・9 H26(ネ)10137号)がでました。5件目の高裁判決と思います。
 原告(控訴人)は、薬について商標「PITABA」の商標権者であり、ピタバスタチンカルシウムを有効成分とするコレステロール低下薬の後発医薬品メーカーです。競合会社が錠剤やシートに「ピタバ」を付した薬を販売したので、複数のメーカーや販売者に対して商標権侵害で訴えたもののなかの1つの高裁判決です。

 原審は、東京地裁平成26年(ワ)第767号です。原審では、
 「被告各商品に付された被告各標章は,商標としての自他商品識別機能若しくは出所表示機能を果たす態様で使用されているということはできず,本件商標の「使用」に該当すると認めることはできない。」
と判旨し、原告の請求を棄却しました。
 そこで、原告(控訴人)は、本件登録商標を、指定商品を
 (1) 「薬剤但し,ピタバスタチンカルシウムを含有する薬剤を除く」とするものと、
 (2) 「ピタバスタチンカルシウムを含有する薬剤」と、
に分割して、(2)に基づいて控訴したものです。


判旨:

 『被控訴人各標章は,本件商標の指定商品の品質,原材料を普通に用いられる方法で表示したものにすぎないと認められるから,商標法26条1項2号及び同項本文により,本件商標権の効力は,被控訴人各標章には及ばないというべきである。』

1. 被控訴人各標章の表示が指定商品等の品質等の普通に用いられる方法での表示(商標法26条1項2号)に該当するか(争点3)

 (1) 被控訴人各商品の取引者・需要者について

 被控訴人各商品は,いずれも医療用医薬品であるから,医師,薬剤師等の医療従事者がその取引者・需要者に当たることは明らかである。
 次に,患者について検討すると,被控訴人各商品は処方箋医薬品に指定されているから,患者は,原則として,医師等の処方に基づいてその供給を受けることになるものの,被控訴人各商品の購入者(エンドユーザー)であり,また,患者が医師に処方薬の希望を伝えたり,患者の選択に基づいて薬剤師が被控訴人各商品を調剤したりすることもないわけではない(甲10,11)。また,錠剤に付されている刻印や印刷は,薬剤の誤使用を避ける目的でされているところ,いかなる薬剤であるかを最後に確認するのは,それを服用しようとしている患者自身であることに鑑みれば,患者もまた被控訴人各商品の取引者・需要者であるとして検討するのが相当である。

 (2) 被控訴人各標章の表示が商品の品質等の普通に用いられる方法での表示に該当するといえるか

 医療従事者を主たる構成員とする学会における研究発表や,医療用医薬品に係る特許公開公報等において,ピタバスタチンないしピタバスタチンカルシウムにつき,「スタチン」ないし「statin」以降を省略した「ピタバ」ないし「PITAVA」という表現が使用されていることが認められる(乙6ないし10,14,15,43,45)。そして,こうした研究発表や特許公開公報等において,字数やスペース等の制限などから,敢えてその場限りのものとして「スタチン」ないし「statin」以降を省略した表現を用いざるを得なかったと認めるに足りる事情はうかがわれない。また,Hmg-CoA還元酵素阻害薬には,ピタバスタチンのほかアトルバスタチン,フルバスタチン,ロバスタチン等があり,これらはスタチン又はスタチン系薬剤と総称されているところ,ピタバスタチンないしピタバスタチンカルシウムについても当該総称部分よりも前の部分である「ピタバ」をその略称として用いることはごく自然であることに鑑みれば,「ピタバ」は医療従事者の間においてピタバスタチンないしピタバスタチンカルシウムの略称として一般的に使用されているものと認めるのが相当である。

 さらに,錠剤に識別コードとして会社コード及び製品コードが刻印又は印刷されることや,医療用後発医薬品の販売名には,原則として含有する有効成分に係る一般的名称が使用されていることは,医療従事者の間において周知の事実であるといえること,及び,前記認定の被控訴人各標章の使用態様,包装態様からすれば,医療従事者が被控訴人各商品に付されている被控訴人各標章に接したときには,これらを被控訴人各商品の有効成分の略称であり,これを普通に用いられる方法で表示しているものと認識すると認められる。
 そうすると,被控訴人各標章は,本件商標権の指定商品である「ピタバスタチンカルシウムを含有する薬剤」の有効成分の一般的名称の略称である「ピタバ」を,普通に用いられる方法で表示しているものにすぎず,この点は,医療従事者において明確に認識されているものと認められる。

 また,被控訴人各商品は処方箋医薬品であって,患者は,原則として,医師等の処方に基づいて被控訴人各商品の交付を受けるから,その有効成分が何であるかについて十分な知識を有しているとは限らず(医師及び薬剤師が患者に交付する処方箋及び薬剤情報説明書には,薬剤の販売名がほぼ例外なく記載されているものの,必ずしもその有効成分が明記されているとはいえず(甲25,乙38),医師等が患者に薬剤の有効成分についてまで説明をするのが通常であると認めるに足りる的確な証拠もない。),その他,前記認定の被控訴人各商品の販売名,PTP包装シートの外観,記載内容,文字等の体裁などをみても,患者が被控訴人各標章に接したときに,被控訴人各商品の有効成分又はその略称であると認識する可能性が高いということはできない。

 もっとも,被控訴人以外の多くの製薬会社からピタバスタチンカルシウムを有効成分とする薬剤が販売されているところ,医療用後発医薬品の販売名には,原則として有効成分の一般的名称を用いることとされているから,おのずから被控訴人各商品と有効成分名において共通する販売名で当該薬剤が販売されることになる(乙39)。そのため,販売名をもって被控訴人各商品と他の製薬会社から販売されている薬剤とを区別するには,各販売名の後部に付された会社名等の部分によらざるを得ない。このことは,被控訴人各商品が処方される際,医師及び薬剤師から交付される処方箋及び薬剤情報説明書に,有効成分の一般的名称である「ピタバスタチンCa」と被控訴人の登録商標である「MEEK」を結合させた販売名の形式で薬剤の名称が記載されていることからも明らかである(乙38)。

 そして,患者が被控訴人各標章を目にするのは,市場において流通している多数の薬剤の中から被控訴人各商品を選択する際ではなく,上記のような取引態様によって被控訴人商品の交付を受けた後,PTP包装シートや一包化された袋から被控訴人各商品を取り出して服用するまでの短時間かつ限定された機会にすぎない。』

 『以上のような被控訴人各商品を含む医療用後発医薬品の販売名に係る実情や,被控訴人各商品の通常想定される取引態様,被控訴人各標章の表示の態様などに鑑みれば,被控訴人各標章は,取引者・需要者の一部である患者がこれを被控訴人各商品の有効成分の略称であると認識する可能性がそれ程高くないとしても,被控訴人各商品が医師の処方箋に基づいて患者へ譲渡されるものであり,その処方箋取引において重要な役割を果たしている医師,薬剤師などの医療従事者において,これが本件商標の指定商品の薬剤の有効成分の略称として表示されていることが明確に認識されている以上,客観的にみればこれを本件商標の指定商品の品質,原材料を普通に用いられる方法で表示する商標と認めるのが相当である。上記のような取引の実情に鑑みれば,患者の一部において,被控訴人各標章が被控訴人各商品の有効成分の略称であることを認識していないことが,上記認定を妨げるものではない。』

 (3) 小括

 以上によれば,被控訴人各標章は,本件商標の指定商品の品質,原材料を普通に用いられる方法で表示したものにすぎないと認められるから,商標法26条1項2号及び同項本文により,本件商標権の効力は,被控訴人各標章には及ばないというべきである。
 したがって,その余の争点について判断するまでもなく,控訴人の請求はいずれも理由がない。』


検討:

 本判決に賛成です。ただし、判旨に一部が疑問あります。

 (1) 取引者・需要者について

 本判決は、医師,薬剤師等の医療従事者のみならず、患者も需要者に該当すると認定しました。その理由は次のとおりです。
 『・・・,患者は,原則として,医師等の処方に基づいてその供給を受けることになるものの,被控訴人各商品の購入者(エンドユーザー)であり,また,患者が医師に処方薬の希望を伝えたり,患者の選択に基づいて薬剤師が被控訴人各商品を調剤したりすることもないわけではない(甲10,11)。また,錠剤に付されている刻印や印刷は,薬剤の誤使用を避ける目的でされているところ,いかなる薬剤であるかを最後に確認するのは,それを服用しようとしている患者自身であることに鑑みれば,患者もまた被控訴人各商品の取引者・需要者であるとして検討するのが相当である。』
 妥当です。これまでの高裁判決も該当商品の取引者・需要者に患者が含まれると認定しています。

 (2) 商品の原材料を普通に用いられる方法で表示しているか(商標法26条1項2号の該当性)

 しかしながら、患者に対して、被控訴人の商品(薬剤)の原材料を普通に用いられる方法で表示したものにすぎないと認められるのかについての理由は疑問です。
 『患者が被控訴人各標章に接したときに,被控訴人各商品の有効成分又はその略称であると認識する可能性が高いということはできない。』つまり,患者が「スタバ」を原材料の略称とは認識しないことがあると認定しつつ,『患者が被控訴人各標章を目にするのは,市場において流通している多数の薬剤の中から被控訴人各商品を選択する際ではなく,上記のような取引態様によって被控訴人商品の交付を受けた後,PTP包装シートや一包化された袋から被控訴人各商品を取り出して服用するまでの短時間かつ限定された機会にすぎない』と判断しています。

 患者が薬を購入するときPTP包装シートから被控訴人標章を視認することができるのであれば、患者に対しては、商品を購入する時点で自他商品識別力を発揮し得るということができるのでしょう。

 (3) 商標的使用

 原判決は、いわゆる商標的使用でないという理由で請求を棄却しました。

 『被控訴人各商品である錠剤に付された「ピタバ」という被控訴人各標章は,医薬品の販売名等の類似性に起因する調剤間違いや患者の誤飲等の医療事故を防止する目的で,被控訴人各商品の有効成分がピタバスタチンカルシウムであることの注意を喚起するためにその略称を錠剤の表面に記載したものであると認められ,被控訴人各商品のような医療用医薬品の主たる取引者,需用者である医師や薬剤師等の医療関係者及び患者が被控訴人各商品に接したときにも,被控訴人各商品に付された被控訴人の会社コードでありかつ登録商標でもある「MEEK」等の表示と相まって,そのような表記として認識されると認めるのが相当である。
 したがって,被控訴人各商品に付された被控訴人各標章は,商標としての自他商品識別機能若しくは出所表示機能を果たす態様で使用されているということはできず,本件商標の「使用」に該当すると認めることはできない。』

 しかしながら、本判決では、この争点については判断しませんでした。被控訴人が、被控訴人各標章の表示が商標的使用でない(商標法26条1項6号)ことを主張立証できていなかったからかも知れません。