2015年6月11日木曜日

薬剤成分の略称表示の商標権侵害の成否[PITAVA(ピタバ)事件]


 いわゆる「ピタバ事件」の知財高裁(知財高裁判 H27・6・8 H26(ネ)10128号)の判決がでました。数件の地裁判決が出ていますが、高裁判決は初めてだと思います。
原告(控訴人)は、薬について商標「ビタバ」の商標権者であり、ピタバスタチンカルシウムを有効成分とするコレステロール低下薬の後発医薬品メーカーです。競合会社が錠剤やシートに「ピタバ」を付した薬を販売したので、複数のメーカーや販売者に対して商標権侵害で訴えたもののなかの1つの高裁判決です。

 本判決は、被控訴人各全体標章は,本件商標権に係る指定商品の原材料を普通に用いられる方法で表示するものにすぎないから,商標法26条1項2号により本件商標権の効力が及ぶものではないとして、請求を棄却しました。

 原審は、東京地裁平成26年(ワ)第773号です。原審では、被告は商標を使用しており、「商品の出所に混同を生じさせるものとして(原告の登録商標と)類似すると解する余地がある」とし、
 『本件商標の指定商品のうち本件物質を含有しない薬剤に本件商標を使用した場合には,需要者等が当該薬剤に本件物質が含まれると誤認するおそれがあるので,本件商標は「商品の品質…の誤認を生ずるおそれがある商標」(商標法4条1項16号)に当たると判断するのが相当である。』ので、
 『本件商標の商標登録は無効審判により無効にされるべきものであり,原告は本件商標権を行使することができない(商標法39条,特許法104条の3第1項)。』
という理由で、原告の請求を棄却しました。
 そこで、原告(控訴人)は、本件登録商標を、指定商品を
 (1) 「薬剤但し,ピタバスタチンカルシウムを含有する薬剤を除く」とするものと、
 (2) 「ピタバスタチンカルシウムを含有する薬剤」と、
に分割して、(2)に基づいて控訴したものです。


 知財高裁は、『被控訴人各全体標章を構成する語である「ピタバスタチン」とは,被控訴人各商品の有効成分である本件物質の慣用名で,本件物質の一般的名称である「ピタバスタチンカルシウム」から,塩についての記載である「カルシウム」を省略したものであり,本件商標権2の指定商品である「ピタバスタチンカルシウムを含有する薬剤」の「原材料」に当たるものである。』と認定し、

 『被控訴人各商品のPTPシートには,被控訴人各全体標章のほか,横書き一段の「ピタバスタチン」の記載があり,これと外箱における販売名の記載などを併せて見ると,被控訴人各全体標章が「ピタバ」ではなく「ピタバスタチン」を表したものであると認識することは,医療従事者にとっては容易であるということができる。
 そうすると,結局,医療従事者にとって,被控訴人各全体標章を見たときには,一体として「ピタバスタチン」を表していること(あるいは,「ピタバ」の部分のみを取り出した場合には,「ピタバスタチン」の略称として用いられているのにすぎないこと)を,容易に理解することができるというべきである。
 次に,患者にとっては,被控訴人各商品は,いずれも処方箋医薬品に指定されているから,医師等の処方箋なしにこれを購入することはできず,医師から薬剤の処方を受ける際には,少なくともどのような性質でどのような効能を持った薬剤を処方されるか等について説明を受け,被控訴人各商品を購入する際には,薬剤師から,被控訴人各商品の性質や効能,購入する商品が,その有効成分である本件物質の一般的名称や慣用名,あるいは販売名を成す「ピタバスタチン」あるいは「ピタバスタチンカルシウム」であるとの説明を受けることが一般的であると考えられることは,前記イにおいて説示したとおりである。
 仮にPTPシートを一錠ずつに切り離したとしても,表面には必ず横書き一段の「ピタバスタチン」の語が付されていることとなることなども併せてみると,患者において,被控訴人各商品に付された被控訴人各全体標章が,一体として「ピタバスタチン」を指すものであること(あるいは,「ピタバ」の部分のみを取り出した場合には,それが「ピタバスタチン」の一部を取り出した略称にすぎないこと)を,さしたる困難もなく理解することができるというべきである。

・・・

 したがって,被控訴人各全体標章は,取引者や需要者において,全体として「ピタバスタチン」を表示するものとして認識されるか,又は「ピタバスタチン」の略称と容易に理解することができる語としての「ピタバ」を表示するものとして認識されるものということができるから,その表示は,「普通に用いられる方法で表示する」ものの域を出るものではないと認められる。』

 という理由で、商品の原材料である「ピタバスタチン」を,普通に用いられる方法で表示するので,商標法26条1項2号に当たり,これに対し,控訴人の有する本件商標権の効力は及ばないとしました。

 知財高裁は、需要者は医療従事者(医師,薬剤師,看護師等)のみならず、患者も入るとしましたが、患者についても上記理由で医薬品について「ビタバ」が原材料名であることを理解できるとしていますが疑問です。

2015年6月7日日曜日

最高裁判決-「プロダクト・バイ・プロセス・クレーム」の解釈-

 最高裁第2小法廷は、「物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合であっても,その特許発明の技術的範囲(要旨)は,当該製造方法により製造された物と構造,特性等が同一である物として確定(認定)されるものと解する」と判示し、原判決を破棄・知財高裁に差し戻しました。

 ハンガリーの医薬品メーカー「テバ」が自らのPDP(Product-by-Process)クレーム特許と同一成分の薬を製造販売する協和発酵キリン等に対して、その製造販売等の差し止めを求め提訴していたものです。

 原審である知財高裁は、裁判官5人による大合議判決により、物の発明をその製造方法によって特定したPDPクレームの技術的範囲及び無効の抗弁(特許法104条の3)における発明の要旨の認定のいずれについても,物の構造又は特性により直接的に特定することが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在しない場合,その技術的範囲及び要旨は,クレームに記載された製造方法によって製造された物に限定される判示しました。
 つまり、知財高裁は、クレームに記載された製法を限定要素とする『製法限定説』の立場です。

 それに対して、最高裁は、原審には判例違反があるとして、原判決を破棄しました。つまり、当該製法により製造された物と構造,特性等が同一である物として確定される(『物同一説』)の立場です。

 そして、クレームの記載の「明確性要件」(特許法36条6項2号)について、この要件に適合するといえるのは、出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか,又はおよそ実際的でないという事情(「不可能・非実際的事情」)が存在するときに限られると判示しました。
 裁判では、被疑侵害者の特許無効抗弁」(特許法104条の3)になりますから、立証責任は被疑侵害者でしょうか?被疑侵害者が「発明が明確でないので無効」とうい主張に対して、特許権者が「不可能・非実際的事情が存在する」ので明確性の要件を満たすと反論するのですから特許権者に立証責任があるように思います。

 補足意見を千葉裁判官と山本裁判官が述べられています。
 山本裁判官は、物の発明をPBPクレーム形式で記載しないと、かえって明確でなくなる場合があることを懸念されていますが、私も賛成です。

 同裁判官は、さらに、不可能非実際的基準では発明の保護が図られなくなるおそれにつながる懸念を示し、「発明の要旨」と「特許発明の技術的範囲」とは、クレーム解釈としては本来一致すべきものではあるが、PBPクレームで表現された物の特許について発明の技術的範囲を実質的にその方法に限定されるように解釈することで妥当な結論が導かれるのではないかとの意見を述べられています。

 しかしながら、最高裁判決は、「発明の要旨」と「特許発明の技術的範囲」のみならず、発明の明確性(多数ある無効理由の中の1つ)を取り上げ、その判断基準を示しています。そして、その基準に基づいて再度審理するように知財高裁に差し戻しました。
 最高裁が、このように(特許庁の運用基準に規定されるような)細かいところに基準を定めることには疑問です。それは事実審を行う下級審にまかせればよいと考えます。また、「不可能・非実際的事情」が存在することの証明はほとんど不可能(あるいは実際的ではない。結果として特許無効)のように思いますが、どうでしょうか?