2015年7月27日月曜日

薬剤成分の略称表示の商標権侵害の成否[PITAVA(ピタバ)事件] (その2)

 いわゆる「ピタバ事件」の知財高裁の判決(知財高裁判 H27・7・16 H26(ネ)10098号)がでました。2件目の高裁判決と思います。
 原告(控訴人)は、薬について商標「PITAVA」の商標権者であり、ピタバスタチンカルシウムを有効成分とするコレステロール低下薬の後発医薬品メーカーです。競合会社が錠剤やシートに「ピタバ」を付した薬を販売したので、複数のメーカーや販売者に対して商標権侵害で訴えたもののなかの1つの高裁判決です。

 原審は、東京地裁平成26年(ワ)第770号です。原審では、
 『被告標章は,被告商品の有効成分であるピタバスタチンカルシウムの略称として被告商品(錠剤)に表示されているものであって,その具体的表示態様は,本件商標権の使用許諾を受けているキョーリンリメディオ株式会社のそれと何ら異なるものではない。そうすると,被告商品の主たる取引者,需要者である医師や薬剤師等の医療関係者は,被告商品に接する際,その販売名に付された会社名(屋号等)「明治」に加えて,被告商品のパッケージであるPTPシートに付された「明治」との表示や被告商品に併せて表示されている「明治」や「MS」の表示によってその出所を識別し,錠剤に表示された被告標章は,被告商品の出所を表示するものではなく,有効成分の説明的表示であると認識すると考えられる。
 ・・・
 被告標章の使用は,商標的使用に当たらず,本件商標権を侵害するものではないから,原告の請求は,その余の点につき検討するまでもなく,理由がない。』
と判旨し、原告の請求を棄却しました。
 そこで、原告(控訴人)は、本件登録商標を、指定商品を
 (1) 「薬剤但し,ピタバスタチンカルシウムを含有する薬剤を除く」とするものと、
 (2) 「ピタバスタチンカルシウムを含有する薬剤」と、
に分割して、(2)に基づいて控訴したものです。


判旨:

 『当裁判所は,被控訴人各商品の錠剤に付された被控訴人各標章は,「需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができる態様により使用されていない商標」(商標法26条1項6号)に該当し,また,商品の「品質」又は「原材料」を「普通に用いられる方法で表示する商標」(同項2号)に該当するものと認められ,控訴人が有する本件分割商標権の効力は被控訴人各標章に及ばないものと認められるから,控訴人の当審における交換的変更に係る請求は,いずれも理由がないものと判断する。』


 (1) 被控訴人各標章の商標法26条1項6号該当性(争点1)

 知財高裁は、『被控訴人各商品の錠剤に付された「ピタバ」の表示(被控訴人各標章)は,有効成分である「ピタバスタチンカルシウム」について,その塩であることを示す部分(「カルシウム」)の記載及び「スタチン」の記載を省略した「略称」であることが認められる。』とし、

 『医師,薬剤師等の医療従事者の間においては,後発医薬品の販売名は含有する有効成分に係る一般的名称に剤型,含量及び会社名(屋号等)から構成されていることは一般的に知られているものと認められるから,医療従事者が,被控訴人各商品に接した場合,被控訴人各商品が「ピタバスタチンCa錠1mg「明治」」等を販売名とする後発医薬品であることを認識し,被控訴人各商品の錠剤に付された「ピタバ」の表示(被控訴人各標章)は,有効成分である「ピタバスタチンカルシウム」の略称であることを認識するものと認められる。
 一方で,患者においては,PTPシートに入れられた状態で被控訴人各商品の交付を受けた場合,PTPシートから被控訴人各商品を取り出して服用する際に,PTPシートに記載された「ピタバスタチンカルシウム」等の表示が自然に目に触れ,被控訴人各商品は「ピタバスタチンカルシウム」が含有された錠剤であること認識するものと認められるから,被控訴人各商品の錠剤に付された「ピタバ」の表示(被控訴人各標章)は,被控訴人各商品の含有成分を略記したものであることを理解するものと認められる。
 また,被控訴人各商品は,医師等の処方箋により使用する「処方箋医薬品」であり(前記1(1)イ(ア)),被控訴人各商品と他の薬剤とが一つの袋にまとめて包装される「1包化調剤」により処方される場合があるが,この場合,患者は,1包化した袋を開封し,その袋内に薬剤が入ったままの状態で服用するので,被控訴人各商品の錠剤に付された「ピタバ」の表示を認識することはないのが通常である。もっとも,患者は,1包化した袋からいったん薬剤を取り出して服用する場合もあるが,その際には,取り出した薬剤を一緒に服用すべきひとまとまりの薬剤として認識し,個々の薬剤の表示が目に触れたとしても,その表示が薬剤の出所を示すものと理解することはないものと認められる。
 以上によれば,被控訴人各商品の需要者である医師,薬剤師等の医療従事者及び患者のいずれにおいても,被控訴人各商品に付された「ピタバ」の表示(被控訴人各標章)から商品の出所を識別したり,想起することはないものと認められるから,被控訴人各商品における被控訴人各標章の使用は,商標的使用に当たらないというべきである。』
 『したがって,被控訴人各標章は,「需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができる態様により使用されていない商標」(商標法26条1項6号)に該当する』と認定しました。


 (2) 被控訴人各標章の商標法26条1項2号該当性(争点3)

 さらに、商標法26条1項2号該当性について、『被控訴人各商品の錠剤に付された被控訴人各標章は,「商品の品質」である「有効成分」又は「商品の原材料」である「含有成分」を「普通に用いられる方法で表示する商標」に該当するものと認められる。』とし、
 『患者は,薬剤の効果や副作用について興味を持つことはあるとしても,当該薬剤の化学物質である有効成分の名称が何であるかということには興味や知識を持っていないのが通常であり,また,医師・薬剤師も,患者に対して薬剤を処方するに際し,薬剤の効果や副作用についての説明をすることはあるとしても,通常,当該薬剤の有効成分の名称が何であるかを説明することはないなどとして,取引者,需要者である患者において,「ピタバ」の表示が「有効成分」である「ピタバスタチンカルシウム」の略称を示すものとして一般に認識されているとはいえないから,被控訴人各標章は商標法26条1項2号の商標に該当しない』旨の控訴人の主張は認められませんでした。


検討:

 本判決に賛成です。
 被控訴人各商品は,錠剤であり,その錠剤に「ピタバ」と記載されています。このような被控訴人各標章と本件商標が類似する関係にあり,被控訴人各商品が本件分割商標権の指定商品と同一であるので,形式的には被控訴人各商品の製造販売は本件分割商標権の侵害(商標法25条,37条1号)に該当します。
 しかしながら、被控訴人各商品が病院,診療所,薬局等の医療従事者へ販売される場合には,箱に梱包されたままの状態で販売されますから,医療従事者が錠剤に付された「ピタバ」の表示を認識して購入することはありませんので、被控訴人各商品が病院,診療所,薬局等の医療従事者へ販売される場合に,錠剤に付された「ピタバ」の表示が商標的に使用されていないといえます。
 また、患者が被控訴人各商品の錠剤に付された「ピタバ」の表示を認識すのは,服用の場面であって,被控訴人各商品を購入する際に商品を識別する場面ではないといえます。  そうすると、被控訴人各標章は,「需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができる態様により使用されていない商標」(商標法26条1項6号)に該当すると考えます。
 なお、本判決は、今年4月に施行された改正商標法において新しく設けられた商標法第26条1項6号(商標的使用)が適用されました。控訴人は、原審において商標的使用を請求原因としています。商標法第26条1項6号は、被控訴人(被告)の抗弁という位置付けで立法されていますので、立証責任は被控訴人にありますが、本判決では、裁判所は「需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができる態様により使用されていない商標」であることが立証されたものです。

2015年7月10日金曜日

特許庁に提出した書面の返還

 名義変更などの際に提出する、例えば譲渡証(原本)は、何もしなくても、手続完了後特許庁から簡易書留便で返還されます。
しかしながら、出願継続中に、例えば拒絶理由通知に対する意見書の証明書面として提出した契約書(商標使用許諾契約書)の原本は、原則として、返却されません。当該出願が確定後、公文書として取り扱われるからです。
 注意が必要です。やはり、最初は、写しを提出すべきです。
 なお、この書類を返還すると、再度の審査が必要になります。
 返還を希望する場合には、通常の手続補足書ではなく、物件提出書とし、[返還の申出]の返還希望の意思表示をすることが必要です。

 詳細は、次を参照ください。

 第七章 出願手続Q & A
 問19 証明書返還請求(四法共通)
 既に特許庁に提出してある譲渡証書や委任状等の証明書の返還について教えてください。
 答: 証明書の返還請求は、不備のある証明書を提出したときに、不適法な手続の却下、補正指令、却下理由通知や行政指導の通知(受理しない旨の通知)を受けた際、その不備のある証明書の返還を受け、当該証明書の訂正等行うことにより再提出を簡便にし、手続者の便宜に資するのが適切であることから、以下の証明書返還請求書の提出により行っているものです。したがって、不備のない証明書については返還することはできません。


 工業所有権に関する手続等の特例に関する法律施行規則
 (物件の提出)
 第十九条  電子情報処理組織を使用して特定手続を行う者は、特許等関係法令の規定により当該特定手続に際して特許庁に提出すべきものとされている次に掲げる物件を、第十条の二第一項に規定する事項の入力の後第二十条で定める期間内に、特許庁に提出しなければならない。

  (略)

 2  前項第一号から第十号まで及び第十二号から第十七号までに掲げる物件を提出する場合は、様式第三十二により、同項第十一号に掲げる物件を提出する場合は、特許法施行規則 様式第二十二によりしなければならない。